ピュテアス|イギリス生活

雨という贅沢。

雨が好きだ。

朝起きて雨の音がすると、静かに心浮き立つのを感じる。

今日のバースは土砂降りだった。風も強くて、とてもじゃないけど散歩する気にはならない。

だけど私は恵まれているのだろう。

昨秋にイギリスへ引っ越してきてから、今後もしばらくのあいだは義父母の家に世話になる予定なのだが、きちんと私専用の部屋が用意されており、十分な広さもあるので、窮屈さを感じることなく暮らせている。

私の元々の性格にも関係しているのだろうが、とにかく家を出たい、と思うことが、ほとんどない。

当初は夫の都合上、オックスフォードにフラットか小さな家を借りる予定だったのだが、パンデミックによって、常時オックスフォードにいる必要はなくなった。

それならば、わざわざ高い賃料を払ってまで狭い部屋で暮らさなくても、バースの義父母が歓迎してくれていることだし、しばらく世話になろう、ということになったのだ。

バースは、長いロックダウン期間を過ごすのに最適な場所だった。

ここは、その規模こそロンドンはおろかオックスフォードにも及ばないが、とりあえず必要なものはなんでも揃う、都市である。18世紀に築かれた美しい建築物に溢れたこの街では、ただ歩くだけでも気分が上がる。

歩いていると、歴史的な建造物ばかりを目にして、見物料を払わなくていいのかという気にもなってくるが、そんなことはもちろんない。どうしてこんなに美しいのか。驚くことなかれ、バースはその市全体が、世界遺産に登録もされている。

魅力はそれだけではない。街の中にはいくつもの美しい公園があり、中心部から数十分でも足を伸ばせば、ハイキングにも適した素晴らしい森が広がっている。リスや鹿、牛や羊を見ることも、バースでは日常だ。

そんな街なので、ロックダウン中は、必需品を買いに行くのにも苦労しないし、運動不足解消のためにウォーキングする場所にも全く困らず、むしろこういった非常事態を乗り切るために用意された疎開地なのではないかと思うほど快適だった。

義父母にも感謝している。先にも述べたように、プライバシーへの配慮もしてくれ、たまに耳にする嫁姑問題のようなものもなく自由に過ごさせてもらっているし、それでいて、息子の妻となった私のことを、娘のように可愛がってくれている。

33歳にもなって「可愛がってくれている」などと言ってしまうのもどうなのかとは思うが、まあ、そこは良好な関係を築けているということで、素直に喜んでおこうと思う。

家の居心地は、家が大好きな私にとって、大袈裟でなく生きるうえで非常に大事なポイントである。

家具に求めるのはシンプルさと、モダンとヴィンテージの融合、スタイリッシュだけど尖ってなくて、柔らかいもの、まるいものが好き。絶対にこれ、といったブランドやメーカーのこだわりはなくて、自分の感覚をたよりに集まったものに囲まれていると、自然と落ち着く。

ずっとここに居たい、と思える場所にするから、ずっとそこに居ても苦であるはずがない。

今この部屋にある家具のほとんどが、私の来る前からあったものだ。幸運なことに、茶や淡い緑色など、あたたかみのある風合いの良い家具が揃っていたので、そのまま有り難く使わせてもらっている。

部屋のBGMはというと、実はあまり聴かない。時々いいプレイリストを見つけて再生したりすると、「やっぱり音楽を流しておくのもいいね」と思ったりもするのだが、毎日それを続けることはない。

だけどこれは言っておきたい。私は音楽に興味がないわけではないどころか、あれほど素晴らしいものはそうそうないと思っているし、その力は計り知れないと、身をもって感じてきた者の一人である。

それにはいくつかの理由があるが、第一に私はピアノで学位をとっており、ピアノ講師として、そして音楽療法を通して、子どもたちの成長を見てきたという過去がある。音楽を愛していて、その偉大さも知っているつもりなのだ。

ではなぜ普段聴かないのかというと、私は音楽を「聴きすぎる」のだ。集中できない。いい音楽が流れる度に作業を中断しなくてはならないから困るし、かといって趣味じゃない音楽を流したところで気が散るわけで、結局止めるしかなくなってしまう。

尊敬しているアーティストや、本当にいいと思う音楽を聴く時には、覚悟がいる。溢れ出るパワーを受け取りすぎて、こちらのエネルギーを吸い取られるような感覚になるからである。良ければ良いほど、圧倒されて、疲れてしまう。

そんなんだから、作業中のBGMとしては音楽をなかなか使えないのだ。

そこで、雨である。

自然音は素晴らしい。大好きだ。癒される。そして、集中できる。

水の音は私たちを癒してくれる。その証拠に、スパやエステ、ホテルのロビーなどには、人工滝や噴水があることもある。

でも本物の一流リゾートは、いつだって「天然」を利用するのだ。

リゾートホテルに行かなくても、天然の水を感じることはできる。川のある森林を散歩したり、海辺までドライブしたり。

家の中で感じられるとしたら、それが雨だ。無料である。

私の部屋は屋根裏で、大きな天窓が5つあり、雨の音をたっぷりと浴びることができる。

気持ちがいい。

私にとって、それは立派なBGMになる。

少し色付けしたければ、ゆったりとしたアンビエント・ミュージックは、雨ともよく合う。

21:25。日が暮れてきた。

タイプミスではない。イギリスの日は、これから夏にかけて更に伸びる。

アロマディフューザーをつけた。今夜の香りはライム。

夫がソファーで本を読んでいる。

と思っていたら、「白ワインを持ってくる」そうだ。

ああ、やっぱり二日目のワインは美味しい。

なんて贅沢な夜。雨音に、包まれて。

明日は友人宅でバーベキュー。天気予報は、晴れ。

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